まちの駅よろず

しばた台輪について

2010/2/17

一般の方から投稿いただいた、しばた台輪についての文章です。ご覧下さい。

しばた台輪(だいわ)とは?

 しばた台輪(だいわ)は、祭礼行事でいう「まつり屋台(やたい)」「山車(だし)」に相当し、新発田総鎮守である「新発田諏訪神社」の祭礼賑わいとして約290年の歴史をもっています。全国的に山車の祭礼として有名なまつりとして「京都祇園まつり」「飛騨高山まつり」や関東一円での「お囃子屋台」などがありますが、それぞれ重厚で荘重な曳きまわしや、からくりによる仕掛け、お囃子の妙と勢を競うなどの伝統を今に引き継いでいます。全国的に山車は四輪と二輪(新潟県村上市の「おしゃぎり」など)に大別されますが、なんとしばた台輪は全国でも例のない「三輪構造」となっており大きな特徴となっています。

城下町しばたの匠の技

 しばた台輪の原型は江戸期享保11年(1、726年)ころに完成されたものとされています。城下の車大工や鍛冶屋、金具師、指物師(造作)塗師(金箔・漆塗り)提灯など伝統の匠の技が随所に生かされており、激しい動きにも耐えられる構造となっています。6年ほど前に実施した、完全分解調査の結果それが科学的にも実証されました。欅や樫、桐などの材料を組み合わせた台輪の構造は、激しい振動や衝撃に十分耐えられるよう、現代的にいえば「耐震構造・免震構造」となっていたのです。


三輪だからできる「あおり」

四輪の山車の運行では「方向転換」や「坂の上り下り」がたいへん難しくなり、またそれが「見所見せ所」となっています。二輪の山車では方向転換が容易ですが、停止している際の安定が問題となります。しかし三輪だと「方向転換」するときは前輪を持ち上げ、後輪を回すことで容易に方向を変えることができます、そのとき持ち上げた前輪を地面に激しく打ち下ろします。この所作を「あおり」といいます。地面に打ち当たった前輪から衝撃が伝わると、柱から屋根にかけ大きく振れ、ショックをすこしずつ分散させていきます。少し程度の衝撃では決して壊れません。この「あおり」が全国でもめずらしく、あおりがはじまると多くの方が目を見張ります。


現存する台輪と「城下町新発田まつり」

 現存する台輪は6台あります。町内が保有し、運行(曳きまわし)は「組」を組織して祭礼に参加します。毎年8月26日早朝「奉納台輪(ほうのうだいわ)」として諏訪神社に奉納され、29日夕刻、まつりのフィナーレ「帰り台輪(かえりだいわ)」として神社を出発し町内に帰ります。6台の台輪が、勢を競いあおりをするさまはまさに「まつりの華 しばた台輪」と評されます。しばた台輪は「泉町泉組台輪(いずみまちいずみぐみだいわ)」「両町台輪(りょうちょうだいわ)」「三之町い組台輪(さんのちょういぐみだいわ)」「四之町し組台輪(しのちょうしぐみだいわ)」「上町一番組台輪(かみまちいちばんぐみだいわ)」「下町わ組台輪(しもまちわぐみだいわ)」が現存しています。また将来を担うこどもたちや、女性が台輪に参加できるよう平成16年には3台の「しばたっ子台輪」を新造し、そのうちの1台は「寺町たまり駅」で年間通じて展示しています。


台輪運行の様子と楽しみ方

 1台の運行は、組の統制のもと「頭取(とうどり)」「副頭取(ふくとうどり)」「小頭(こがしら)」「総取締(そうとりしまり)」「取締(とりしまり)」「楽屋方(がくやがた)」などの役目があり、約120人が関わります。男祭りとしての伝統があり女性は楽屋方のみ参加が認められています。台輪を動かすきっかけとなるのは頭取の「木遣り(唄)」です。独特の節回しで気持ちをひとつにして唄い、楽屋のお囃子の調子が高まり、そののち「あおり」が始まります。車輪を打ち下ろすたびに周囲にははげしい振動が伝わります。大勢の怒号が飛び交うため「始め・終わり」の合図は「拍子木(ひょうしぎ)」に似た「ばんちょう」というものを二階部分の床に叩きつけることで、全員に伝えます。







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